「まゆみのマーチ」

もうすぐ命の炎が燃え尽きようとしている母が、病院のベットで昏々と眠り続ける。
その両側で母の手をさすりながら、「僕」と妹はお互いの事を語り合った。
子供の頃の妹は、歌う事が好きで何時でも歌を口ずさんでいた。
当時の流行歌から、自分の目に写るモノをメロディーに乗せて歌い上げる自作の歌まで。
カレーライスの歌・サラダの歌・おさかなの歌…

歌う事が幸せで、どんな辛い事があって半ベソをかいていても、歌を口ずさめば気分が和む魔法の薬だった。
でも、幸せは突然終りを迎える。
小学生までは明るい宴会部長と両親から可愛がられるが、学校へ入るとそうも行かなくなった。
授業中でも所構わず、ついつい歌が口からこぼれてしまう。
口を閉じていても、鼻から漏れて、軽快なリズムが妹の心を暖かくする。
しかし学校での共同生活は、それを許さなかった。他の子の勉強を邪魔する「悪い子」のレッテルを教師から貼り付けられた。
それは、本人を苦しめるのではなく家族を苦しめた。優等生である兄の「僕」は、鼻歌少女の妹が汚点であり、そんな妹をキチンと躾けない両親が嫌いになった。
父親も娘が人の迷惑を考えず歌う娘に腹を立て、分別ある子供にしようと歌う妹を叱り付ける。
母親は違った。「楽しい時に歌うのだから良いよ。悲しい時に歌ってるんだったらダメだけどね」
妹自身も少しずつ自分を変えようと努力をするが、マスク事件が起きて以来、気持ちと体がバラバラに破綻してしまい不登校になってしまう。
その状態から立ち直らそうと、母は娘のまゆみの為に「まゆみのマーチ」を作って娘に聞かせ、一緒に歌い、楽しい時間と自分を見付け直す魔法の歌をプレゼントした。「まゆみのマーチ」は、二人の秘密の歌となった。

妹まゆみの話を母親越しに聞いた兄の「僕」は、息子が不登校で悩んでいる事を打ち明ける。どうにかしようと努力をしているが、どうにもならない状況だという事を。

その夜、母親は夜明けを待たず息を引取る。
妹は、自分は沢山の「まゆみのマーチ」を母親から貰ったから大丈夫。お兄ちゃんは、息子に「まゆみのマーチ」を歌ってあげる事が出来る?
と訊ねてきて、今まで母親と妹の二人だけの秘密だった「まゆみのマーチ」をそっと歌ってくた。
「僕」は母親の葬式を妹や親戚に任せて、自分の家へ急いで帰る。
今まで気付かなかった。みんな自分専用の「○○のマーチ」が有った事を。
早く息子に歌ってあげなければ。

映画「火垂るの墓」で、せつ子が歌う
♪ロロップ、ロロップ、ランランラン♪
の陽気さに感動した人には
「まゆみのマーチ」は、知らず知らずの内に口ずさんでしまう一曲になる事は間違いなし。

あおげば尊し」「卒業」「追伸」の3本も珠玉の中篇です。
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